最近、結婚して夫以外に色々な付き合いが必要になると、価値観が違う人との関わりも増えた。
スピ的発信してる人や人生を上手くいくためにはと
自分を否定してくる人や一緒にいて疲れる人とは離れるべきとの発信をよく見る。
しかし、どうしても付き合っていかないといけ
ない人間関係もある。
そうなると自分がどう解釈するかだと思う。
他人は変えられないから、自分の解釈を変える。
『また、指摘された気がする。私が〜してないからいけないのかな』
『〜してないから出来てない、やれてないって思われたかな』
って思うと相手と接するのも嫌になるし、
自分も傷つく。
相手はそこまで考えてなくて、瞬間に感じた
ままに言葉を発している可能性がある。
相手がどう思うかまで、思いを巡らせることが出来る人は相手を傷つけてしまうような発言をしない。そもそも発する前に言葉選びをして発する習慣ができている。
なので、瞬間に発した思いの巡っていない言葉に振り回される必要は無いのだ。
言われた瞬間受け手は、『は?』ってなるけど、『あー、あなたはそういう考えね、ふーん』という温度で内心思えばいい。
あちらはお節介か、言いたいだけなのだ。
一時前に、ブラッシュアップライフという、ドラマにハマった。というか面白かったし、考えさせられた。
人生を徳を積んで人間に生まれ変われるようにやり直すのだが、
こういうの輪廻転生って言うだけあってあるんじゃないかな〜って思った。
また、昔心理学を学んだ時に聞いた話だが
私たちは魂の成長をする為に人間として人生を経験している。
産まれる前にある程度どのような人生か決めて産まれてくるけれど、産まれたらその事を忘れる様になっている。
と。
その時は、ふーんと聞いていたが、
色々起こることを魂の成長かと思うとちょっと
どこか感情的にならずにいられるかもしれない。
または、『何で人の気持ちを考えられないんだろう』『そんな事言って、どう思うか考えないのかな』とか、思った時に
人の立場に立って物事を思えないのは、
まだ、魂が若いのかな〜
とか人生何回目?なんだろうまだ積んでないのねって、
どこか客観的に考えたら、相手を敵視しなくなった気がする。
この内容もスピリチュアル的な感じだから、
何言ってんだ〜って思う人はいるだろうけど、
どう解釈するかの1種の考え方かな〜って思う。
なるべくは『みんな違って、みんないい』って世の中になれば生きやすいんだけどな。